街の音を聞いてきた。

PMS持ちなので、生理前は思考がぼやぼやして、感覚と感情だけがとんがっていく。独り暮らしを始める前はよく家族と喧嘩をしたし、大学に入ってからも、授業に出なかったり、急に涙が止まらなくなって周りの人をびっくりさせることも、たまに。(癇癪にめげず接してくれる友人たち先輩たちにはいくら感謝してもしきれない、ほんと……。)
 それでも今月はずいぶんマシで、多少身体はだるいものの、ほとんど普通の顔をして街に出ることができる。薬のおかげもあるし、学校が休みでストレスがないからだろう。
 
■一昨日と今日、船場アートカフェで中川眞先生のワークショップ。Monthly art cafeという企画で、2月いっぱい、ちいさなレクチャーやワークショップが毎日行われている。
 サウンドスケープ論ということで、船場周辺を耳を澄ましながらあるいたり、音の表現に注目しながら短編小説を読んだり、する。
 一昨日はフィールドワーク。船場から本町、心斎橋のへんを、静かに歩く。車が絶え間なく行き交う大通りの音は、川の音とおなじ波形なんだそうだ。でも、街は車や自販機や室外機の、機械たちの、不定形なうなりでいっぱいで、私はだんだん頭がくらくらしてくる。木や水の音がしない。街はこんなにも機械だらけだ。
 今日は一人一冊本を渡され、音をあらわす箇所に線を引いていって、特に重要と思った部分について発表をする、という。参加者のおっちゃんが、小説の中のあらゆる表現から音が聞こえると主張したり、芥川龍之介の小説の、夜のシーンでは聴覚や触覚に基づく描写が中心になる、という話が出たり。
 私はいしいしんじの『東京夜話』を持って行った。「そこにいるの?」新久保町の多国籍な娼婦たちの住むアパート、そこへ主人公が拾ってきた、無国籍な声で笑うラジカセ(?)のお話。異国の音楽。町のざわめき。ラジカセの「声」。突拍子もない設定やのに妙にリアルで面白いと言ってもらえる。また別な人には、若い作家は描写が表面的でええかげんや、才能ない証拠やで、と言われたりもする。
 10人ほどの参加者数で、気さくな方が多く、とても居心地が良かった。
  
■その後機械だらけの街をうろうろしてカレーを食べ、アメリカ村ヴィレッジヴァンガード細江英公の写真集と稲垣足穂の『一千一秒物語』を買う。黒人の兄ちゃんにナンパされる。片言の日本語を細い声で話していた。